2017年7月 5日 (水)

『動物農場(新訳版)』ジョージ・オーウェル読了

山形浩生訳。というわけで読んでみた。山形浩生はレムに関する追悼文「感情なき宇宙的必然の中で:スタニスワフ・レムを読む」http://cruel.org/other/iclem.htmlなんかは考えさせられた。また沼野充義が「ソラリス」を新訳したとき、レヴューで非難してたような。当時絶版の「泰平ヨンの未来学会議」を某匿名掲示板で上げてたような。あとディックの新訳も出していたり。

前書きが長くなったが、読んだ結果、すごく面白い。ソ連のスターリニズム批判なんだろうが、同時に人民への批判も痛烈である。ボクサーは偉大だが、結局「理解」できず悲惨な最後を遂げる。豚は進歩史観に従い向上(堕落)し続ける。北斗の拳ではないが、「ブタはスローターハウスへ行け」(^-^;
『すべての動物は平等である。だが一部の動物は他よりもっと平等である。』原文(Wikiより):ALL ANIMALS ARE EQUAL
BUT SOME ANIMALS ARE MORE EQUAL THAN OTHERS.

山形浩生はこれを自分の言葉で言いたかったのかな。

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2017年6月27日 (火)

『ヒトラーの描いた薔薇』ハーラン・エリスン読了

13篇からなる短篇集。「死の鳥」でも書いたと思うが、エリスンてこんなに面白い作家だったとは、この短篇集でも再認識させられた。もう83才か。自分がようやくエリスンを読めるようになったのか。それともまともに翻訳を出さなかったH書房が悪いのか。バラードの作品の躍動版のような短篇。あとがきにもあるようにまだまだ作品を出版して欲しい。それにしてもSFの翻訳者たちは妙な文学作品の翻訳よりも数倍こなれているなぁと語学音痴の私は思う。

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2017年5月29日 (月)

『ビリー・ザ・キッド全仕事』マイケル・オンダーチェを読む

ビリー・ザ・キッドは懐かしい響き。子供の頃、テレビで「西部の対決」という西部劇をやっていた。なぜか最後はパット・ギャレットとの対決ではなく違う相手を早撃ちで倒して訳の分からない最終回だったのを覚えている。だからこの小説というか詩というか作品もそういうバックグラウンドを持っていると馴染みやすい。作者も子供の頃、西部劇が大好きだったようだ。ビリーへの共感、憧れみたいのが詰まっているように感じた。逆にパット・ギャレットの方が冷酷な悪漢。21歳で死んだアウトローへの追悼。こういう表現もあるんだという本。面白かった。あの頃好きだったテレビ西部劇・・「ブロンコ」「拳銃無宿」「ライフルマン」「ショットガン・スレード」

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2017年5月20日 (土)

『ハイン 地の果ての祭典』アン・チャップマンを読む

南米フェゴ諸島先住民セルクナムの生と死 悲しいノンフィクション 白人による虐殺と白人が持ち込んだはしかにより絶滅したセルクナムの祭典ハインの話。豊富な写真で精霊たちが映し出されている。もう最後のハインだと判っているから敢えて写真をとらせたのだろう。雪が降る寒い地域で裸に彩色して若者の通過儀礼の祭典をおこなう。その時には若者はもう2名しかいない(その一人はまだほんの少年だ)。1999年に生粋のセルクナムは絶滅した。写真に出てくる男も女もみんなしっかりした顔をしている。この本を読んで今の社会を批判することは簡単だろう。しかしあまりにも悲しすぎる。絶滅した種族の精霊たちの写真。彼らはもういない。

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2017年5月17日 (水)

『深い穴に落ちてしまった』 イバン・レピラ 閲覧注意!暗号解読

ここには私が暗号解読に成功したと思われる暗号解読のヒントを述べる。従ってこれから解読しようとする人は読まないように。
また不正解の可能性もあるので、そのことも承知おき願いたい。

ヒント1
答は表紙カバーの左裏側にある文章。内容は原著スペイン語版とほぼ同じ。また英訳本ではストレートに裏表紙に解答が出ている。
まずここで目星をつける。

ヒント2(重要)
Smallがいう「数字にはひとつひとつ、対応する言葉があるから」をそのまま鵜呑みにしないこと。因みに原著と英訳は対応している。

ここから本題に入る。引き返すなら今のうちに・・・

ヒント3
数字は邦訳では三つ毎に終止符(。)が打たれている。これは三つ毎にひとつの単語、文章、文字列あるいは文字(統一されておらず曖昧です)が示されているということを意味する。

ヒント4
三つの数字の一つ目 章の番号
二つ目 行数
三つ目 二つ目の行での文字数「 。、を含む。

ヒント5(重要)
ヒント4の三つ目の文字数からはじまる適当な単語、文章、文字列、文字を直感(または恣意的に)で抜き出し繋ぎ合わせる。そうするとヒント1の文章にどうにかたどりつく。

当然ヒント4は早い段階で試したが、意味が通らずまたSmallの言葉と一致しないので投げ出した。再度の挑戦でむりやりヒント1(あてずっぽうな山勘に当てはめて私なりの解答を得た。だがもしこれが正解ならあまりにも酷い暗号だ。

なによりもヒント2に書いたSmallの言葉と一致しないのは納得できない。原著も英訳もSmallの言葉を尊重しているし解読の時間もそうかからない。またスペイン語、英語の暗号の中にある著者の大事なメッセージ「怒り」が組み込まれていないのも不満だ。

もしこれが不正解なら翻訳者、出版社はヒントを何らかの手段で公表して欲しいと思う。(もうされていたなら謝ります。)

それにしても江戸川乱歩の「二銭銅貨」ではないが、ゴジヤウダンすぎる暗号解読だった。 

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2017年4月27日 (木)

通解『職方外紀』大航海時代の地球見聞録/ジュリオ・アレーニ、楊廷筠を読む

まず訳者の紹介文章の最初の部分を引用する。

『はじめに 本書は一六二三年に中国の杭州で書かれた「世界案内」です。著者はジュリオ・アレーニという宣教師で、クリスチャン官僚の楊廷筠(ようていいん)が文章を整理しました。』

これから始まり訳者の解説が36頁まで続く。そのあと訳注が14頁続く。こういう本は好きだ。訳者の翻訳に対する情熱が感じられる。職方外紀は基本的に中国の支配下にない地域の紹介であり、そのせいで日本については名前のみ述べられている。その代わり訳注にマテオ・リッチ『坤興万国全図』を引用している。「~いま、六六州があり、それぞれに国主がいる。習俗は強い力を尊ぶ。総王がいるが、権力はつねに強い臣にある。民は武を習うこと多く、文を習うことが少ない~」本書もこういう丁寧な訳注に溢れている。ジュリオ・アレーニはイエズス会員であるが当時の宣教師が物理や数学に対する専門性に優れているのが判る。それらは天文学を通じ暦の改暦に大きく寄与している。世界案内と初めにあるように当時のヨーロッパ、南北アメリカ、インド等についての風俗や民族性について解説していて面白い。(当然、訳注も詳しい)当時の日本では禁書扱いだったが知識人はこの書を読んで海外を知っていたらしい。本当にこういう本は好きだ。

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2017年4月 1日 (土)

『深い穴に落ちてしまった』イバン・レピラ読了

スペインの作品。原題は「アッティラ大王の馬を盗んだ少年」

この小説は抵抗、反逆をうたっておりそのとおりだとは思うが、一方、物語の結末とは違い、敢えていえば少年の成長過程における「父親殺しの小説だと思う。単なる復讐譚ではない。アッティラはウィキの脚注によればゴート族の呼称で「父親Atta」の縮小詞とある。因みに同じウィキには巻頭にあるサッチャーの渾名もアッティラとあった。偶然ではないだろう。弟(英訳ではSmall)が兄(同じくBig)に話す幻覚(幻視)でアッティラ大王の馬を盗んでひづめで靴を作る話をする。そして世界中を踏みつぶす。王が死んだとき兵隊は自分の肉を抉り取ったし、Smallもそうしたという。そして現実にBigと離れた時も胴体がサメに食いちぎられたような思いになったとある。(もしかしたらBigの方は現実に父を殺したのかも知れない。彼のサヴァイヴァル術は鳥の処理や殺人の心構えを含め実際に体験したものではないかと思える記述が多い。Big自身が過去にそういう目にあわされて切り抜けてきたのではないか。)

アッティラ大王=父=Bigから大事なものを盗む。それはBig望むSmallの成長と使命を促す。Smallは芸術家だ。だがそれに浸っている時間は余りにも短い。

穴にいる間にSmall謎かけの会話におけるようにBigを乗り越えているし、Bigの死を幻視するようになる。Bigも穴に捕らわれたあと早期の脱出に失敗した時点でもう自分の死を覚悟している。また自分を超える存在としてSmall評価するようになる。Smallもそれを自覚する。必然的にBigの死を乗り越え彼は世の中を変える強い人間にならなければならない。

しかしBigの深い愛情はSmallをただ強いだけでなく、もっと才能を開花させ豊かにするような気がしてならない。これがSmallが望む世代を越えて残ることに必要なことだと思う。先日読んだ「方法異説」の中に主人公の独裁者が最後にミニラルース(百科事典)にも載らなかったと嘆く場面がある。

それにしても穴の中の二人の苦境や肉親愛、弟の幻視の描写は見事だ。あっという間に読み終えたが暗号の解読もありまた読み返した。素晴らしい小説だと思う。しかし判らない。編集からヒントをもらって正解した人も少し難があるとネットにあった。英語版だと、数字は素数のみだし、文章は短い単語で区切りがあるからまだ判りやすい。あと翻訳者が訳注で妄想と書いていたがどうみても真実だろう。(それでこのブログではBigSmallにした。)政治的メッセージ強い寓話や不条理に見えるが、結局は暗号と同じく解読されるものだし、極めて正統的でリアルな小説だと思う。私は題名は原題の方が好きだ。夢がありそして残酷だ。また穴には落ちたのではなく捕らわれたのだと思う。

オーウェルのスペイン内乱のルポ「カタロニア賛歌」からなんら進歩なく逆行しているのだろう。スペイン世界

素数prime number英語に示されるように特別の数字だ。そしていまだ数学の未知の分野だ。素数の出現の法則性も解明されていない。また暗号の基にも使われる。著者のそういう遊び心がなぜかほっとさせる。そういう意味では邦訳の暗号はまだ改良の余地があると思う。

※この小説の暗号解読に興味のある方は、下記まで(閲覧注意!)

http://ngbligton.cocolog-nifty.com/blog/2017/05/post-26aa.html

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2017年3月27日 (月)

カルペンティエール『方法異説』読了

久々のカルペンティエール。サンリオの『この世の王国』についていた短編「亡命者庇護権」を思い出した。相変わらず難しい単語の多い文章だが心地よいリズム感がある。南米の独裁者小説というくくりがあるとは知らなかった。この小説の主人公は第一執政官であり大統領であり典型的な南米の独裁者である。しかし汚職や圧政や虐殺をしていても何か憎めない個性の持ち主で、栄光と没落を味わいながらも絶えず人生を楽しもうとしているように見える。楽天的ないかにもラテン的というのだろうか。「我見る、故に我あり」「我感じる、故に我あり」方法異説、即物的で俗物でパリで過ごすことを愛し、グリンゴ(白人アメリカ人)を憎む。抵抗勢力のリーダーの共産主義の若者を捕らえ、そして簡単に釈放し、結果として革命時に命を助けられる。南米の政治と文化、宗教(なんと聖母の多いことだ。)の錯綜。最後に二人の忠実な僕というかもう仲間に看取られこの世を去る。今までのカルペンティエールの作品と違った風刺のきつい喜劇的作品と言ったら言い過ぎだろうか。このへんが「亡命者庇護権」と通じるところだと思う。本当に面白い小説だ。

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2017年3月22日 (水)

チャペック「ロボット R.U.R」岩波文庫を読む

チェコの古典SF

30年くらい前に読んだ。その時は多分、深町真理子さんの訳で、記憶に残っているのはロボットが初めて出てきた小説で、人間に反乱を起こすということぐらいで、際立った印象はなかった。

今回読んで、ロボットと言っても岩波の表紙のロボットのようなマシーンでなく、犬も食べないようなコロイド状のゼリーの痰(p18)から作った有機的な人造人間であったことに衝撃を受けた。調べるとコアセルベート説よりも早い。なんという想像力。

作品の背景にはロシア革命があり、搾取される労働者の代わりとしてのロボットだろう。

今の人間と違う生物化学的処方箋で拵えた存在。当初は感情がなく痛みも感じない、性はあるが生殖能力はない。それなりに個性があるようにみえ、ときどき感情の発生を思わせるようなバグが起き廃棄される。

そこへ人間ヘレンの要望で感情を付け加えると人間への憎悪・反抗心が生まれ革命が起きる。ロボットに囲まれた創造者の人間たちはリチャード・マシスンの吸血鬼もの「地球最後の人間」みたいなシーン。ロボット達は憎悪を得て革命を成就させるが、子孫を残す手立てが判らない。そこでただ一人残した人間に解決を迫り、ロボットの指導者は自ら解剖を申し出る。これは解剖学が元来「人間の魂の探すため」発達した経緯があるのだろう。結局、ひと組の男と女のロボットに愛が生まれアダムとイヴとなる。

ロボットを創ったら人類に子供が生まれなくなったという記述もある。これは労働しない人間に価値はないということか、また人類に代わるロボットがいれば人類は必要ないということか。この作品ではとっくに「シンギュラリティ」を突破している。また分子遺伝学者ステントの「進歩の終焉 来るべき黄金時代」を思い出した。

ロボットものはアシモフの鋼鉄都市やレムの宇宙創世期やゴーレムXIVディックの電気羊等々あるが、今回あらためてチャペックの洞察力を認識させられた。まだまだいろんなことが積み込まれている一冊だった。

 

ついでに・・最近は通勤の往復にクラフトワークの「ロボット」を含んだアルバムを聞き流している。結構心地良いリズム。

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2017年1月15日 (日)

『名前のない街 ロシア幻想短編集Ⅱ』A.Kトルストイ、V.オドエフスキー他

6篇の短編集。
・ヴルダラクの家族(A.Kトルストイ)吸血鬼の家族、スティーヴン・キングの「呪われた町」のような。実際、家族が吸血鬼になったらこうなるんだろうな。主人公の能天気なところがいい。
・吸血鬼(ステーチキン)題名とはちょっと違った吸血鬼もの。人間はみんなそういう資質を持っている。
・名前のない街(オドエフスキー)功利主義の街が滅びさるまで。
・ザラ王女(グミーリョフ)アフリカが舞台の御伽噺。あまりにも男が悲しすぎる。
・乾杯(クプーリン)革命の熱き血潮
・生ける家具(ゾズーリャ)やはり「家畜人ヤプー」や平野仁の「青春の尻尾」を思い出す。

初版第2刷になっていた。売れ行きがいいのは喜ばしい。

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