2013年1月 1日 (火)

新居、新年、新生活

ようやく年末に引越しをした。久しぶりの賃貸マンション。正月を迎えた。今年は親族との集まりには出掛けられない。新しい環境。車がないと生活できない。車が嫌いな自分にはすごい苦痛。早くスタッドレスに変えなくては。大学時代の友人の年賀状。還暦過ぎての決意。すごい、昔からポジティブなやつだった。それに比べ私の受動的な人生。反省はしないが。とにかくこの数年は荷物とくに本を増やさないようにしよう。

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2012年12月 2日 (日)

引越し準備中

もう3ヶ月間、ゴミを捨て続けている。机、箪笥、ステレオ等の粗大ゴミ、漫画、雑誌、小説、古い教科書段ボール50箱、家族の古着も山のよう。それでも全然減らないし、古い思い出は鬱になる。一軒屋に住むもんじゃない。ローンが終われば建物の資産価値はないし、ゴミ屋敷になるし、なにしろ時間がない。と言いながら漫画を買いに、苦手な自動車を練習がてら運転して本を増やす。どうなることやら、疲れた。

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2011年8月17日 (水)

偶然

昨日からグーグルの検索サイトのデザインがフェルマーの最終定理になっている。WIKIによると誕生日が不確かだが1601年の8月17日か20日らしい。昨日お盆休み近くの本屋で涼みながら本を眺めていたら、以前NHKの番組でこの問題を解決したワイズを主人公にした英米のドキュメンタリーをやっていて、それに関与したサイモン・シンが書いた文庫本「フェルマーの最終定理」があったので、谷山・志村予想のところだけ30分ほど立読みした。ページはすぐ判った。天才数学者の死という章が設けられて詳しく述べられている。そのときはグーグルのデザインは知らなかった。家に帰って気がつき偶然だなと思った、ついでにそのロゴをクリックしたらWIKIの下の方に松岡正剛がこの本を紹介していて、やはり日本人が気になるのか谷山・志村予想が大きく取り上げれているのを評価していた。そして下の方にNHKの放送を見損なったので、誰かビデオを貸して欲しいと書いていた。という訳でさっきまたNHKの録画を見直した。やはり日本人が大きな役割を果たしたということは気持ちがいい。志村のしてやったりの発言の裏のシャイな表情も良い。谷山の悲劇は本を読んで当然番組でやったものと思っていたらなかった。多分、以前WIKIかなんかで読んだんだろう。休みで本を読んだら、グーグルに繋がり、それが松岡正剛の読んだ本と一緒だったことが判った。偶然。

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2011年8月15日 (月)

墓参り、小松左京、斎藤史

息子に昨日、明日墓参りに行こうと言ったら断られた。墓には何にもないと。千の風見たいな理屈を言う。骨があるじゃないかと言うと『火垂るの墓』みたく持って歩けばよいと生意気なことを言う。それ以上面倒なので独りで行った。墓苑は二時頃の暑い時でだれも居なかった。花は故人が菊をあまり好まなかった記憶があるので、いつもは洋花にしているが花屋にいいのがなく竜胆にした。これも地味な花だけどしょうがないし、この暑さではもたないだろう。墓石を拭いたら凄い熱を持っていた。自分も汗が噴き出してきた。帰り道そういえば、今日は敗戦の日だった、『地には平和を』を書いた小松左京も先日亡くなったなと思い出した。『地には平和を』は多分初めて買ったハヤカワの銀背だろう。たしか敗戦の日の話だったと思う。何回も言っているが記憶はなくなり、残滓だけ残る。そういえば最近斎藤史の『記憶の茂み』を読んでいる。ジェームズ・カーカップと玉城周の英語対訳の本だ。彼女のように執念深く生きたいと思う本だ。松岡正剛の千夜千冊で斎藤史を知らないでは済まされないと脅かされて読んでいる。

この森に弾痕のある樹あらずや
      記憶の茂み暗みつつあり
Within this forest,
is there not a tree that bears
the mark of a bullet ?
In thickets of memory
undergrowth keeps darkening

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2011年5月 8日 (日)

団鬼六氏とストリップ

団鬼六さんが亡くなったらしい。雑誌で断片的に読んだぐらいで、全編とおしての本は読んだことはない。ただ若い頃ストリップ小屋で中年の夫婦がSMショーをやっていて、この緊縛は団先生直伝ですと言っていた。とても真面目なSMで、なぜか観客もシーンとしてしまって、妙に記憶に残っている。

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2011年3月22日 (火)

地震と原発と停電と

最近、家を早く出る。電車がどうなるか判らないから。帰りもまだ不安定。自宅待機の時、サラリーマンの悲しい性で妙な焦燥感。地震は子供のころから全然怖くない。大きな地震もこれまで体験したけど、今回みたいな津波を伴うとそんなこと言ってられないだろう。妻は地震が嫌いで夜中に良く起こされたな。原発はどうなるのだろう。息子が日本人は核という言葉が嫌いらしいねと言った。確かに核は核兵器の核。原子力は原子の力。鉄腕アトム。日本人得意の言い換えか。どっちにしても最悪の場合、「渚にて」みたく格好よくは死ねないだろう。目下のところ停電が一番嫌だ。我が家は石油ストーブはないし、ひたすら毛布にくるまってしのぐしかない。来年の夏まで停電が続くかもしれないって言っていた。暑い夏ーだ。今から気が滅入る。被災地にささやかな寄付をした。イチローみたくはいかないが。あれやこれやでまた何にもしたくなくなった。テレビも原発関連で、ほとんどCNNしか見ない。最近はリビア情勢が多くなった。ああぐだぐだの毎日。

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2011年3月 7日 (月)

スマートフォンとi-tunesとザ・ビートルズ BOXと

何にもしたくないけど、やらなくてはと自分を鼓舞して、スマートフォンに以前買ったザ・ビートルズ BOXのアルバム10枚以上入れた。まず何も考えずにパソコンとスマートフォン携帯をUSBで繋ぐ。当然何も起こらない。仕方ないからネットでやり方を探す。KiesというプログラムをPCに入れる。i-tunesにCDを取り込ませる。ネットのやり方では、出てくるはずのアイコンが出てこない。適当にいじってパソコンのKiesのプレイリストにi-tune上に取り込んだCDのアイコンを貼り付ける。そのあとPCと携帯を繋ぐ。するとデバイスアイコンがアクティブになり押す。外部と本体の選択を迫られるから当然外部SDを選ぶ。その前にプレイリストを編集で全部選択にしておく。そうしてようやく転送されスマートフォンにザ・ビートルズ BOXが収まった。その間2時間。ザ・ビートルズ BOX買って半分聞いて一年以上ほったらかし、ようやく通勤の合間に聞く。ほんとHELPだった。

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2010年11月 3日 (水)

睡眠力

ここ5年間ぐらい毎日5時間ぐらいの睡眠時間。早朝覚醒。熟睡感もない浅い眠り。医者に睡眠薬をもらっても余り変わらない。寝つきは良い方だからまだましと思っている。睡眠薬も短時間、中時間、長時間型と分かれており、それぞれ持続時間、半減期が異なる。短時間は効かず、長時間は起きた後、頭がボーっとするので、気休めに中時間型を処方してもらっている。水木しげるが睡眠にも体力がいると言っていたがそのとおりだ。ホーキングが神はいないと言っていたが、もしいたとしても生命の木を人間に渡さないような神だし、人間の寿命もメトセラを除いて50歳ぐらいまでを適当に設定したに違いない。まあそれに抗って生きているから不都合が生じると思えば納得できなくはない。それにしても若い頃のように熟睡したい。ナポレオンも3時間しか眠らなかったらしいし、昔の受験勉強も4当5落と言われ、睡眠不足で死ぬことはないんだろうけど。

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2010年10月 4日 (月)

「宮沢賢治は日本人に生まれて損をしたのか」ロジャー・パルバース

http://www17.ocn.ne.jp/~h-uesugi/kenjitodai.htm

面白い。前に宮澤賢治の「わたしどもは」を引用したが、確かにあれは死の詩であると思う。それも透明な、指輪物語で沼に沈むエルフの死体のような。最後にロジャー・パルバースは日本人に問いかける。

”しかし、もし彼が欧州に生まれていたとすれば、間違いなく世界的な評価を得ていただろう。宮沢賢治は日本人に生まれて損をしたのか? ぼくはそれには答えられない。日本人のみなさんにお答えいただくしかない”

わたしは少なくとも損をしたとは、思わない。彼の名声は高まり、みんなの心を揺さぶる。吉本隆明が賢治は本気で菩薩になろうとしたのだろう見たいな事を書いていたと思うが、賢治はそれをまっとうしたし、わたしはそれに憧憬の念を憶える。パルバースはディラン・トマスと賢治の類似性まで持ち出している。わたしにはディラン・トマスは判らないが、賢治の詩はそれなりに感じることができる。そもそも損得から離れたところに賢治はいると思うので、パルバースの質問自体が日本人に対するトラップなのだろう。あの「注文の多い料理店」の店主のように。

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2010年9月19日 (日)

墓参り

墓参りに行く。妹だろうかまだ新しい花が供えられていた。その中の萎れた花を除き持って行った花を供える。「千の風になって」ではないが、墓の中にはもう誰もいないのだろう。それでも墓参りをする。家の仏壇の前のいつも変わらない笑顔。墓の中の骨。自分もいつか入る。南無阿弥陀仏。宮澤賢治の詩をいつも思う。彼は日蓮宗だったが。

わたくしどもは
ちゃうど一年いっしょに暮らしました
その女はやさしく蒼白く
その眼はいつでも何かわたくしのわからない夢を見てゐるやうでした
いっしょになったその夏のある朝
わたくしは町はずれの橋で
村の娘が持ってきた花があまり美しかったので
二十銭だけ買ってうちに帰りましたら
妻は空いていた金魚の壷にさして
店に並べて居りました
夕方帰って来ましたら
妻はわたくしの顔をみてふしぎな笑ひやうをしました
見ると食卓にはいろいろな果物や
白い洋皿などまで並べてありますので
どうしたのかとたづねましたら
あの花が今日ひるの間にちゃうど二円に売れたといふのです
・・・・・・その青い夜の風や星、
     すだれや魂を送る火や・・・・・・
そしてその冬
妻は何の苦しみといふのもなく
萎れるやうに崩れるやうに一日病んで没くなりました

 

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