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2017年3月22日 (水)

チャペック「ロボット R.U.R」岩波文庫を読む

チェコの古典SF

30年くらい前に読んだ。その時は多分、深町真理子さんの訳で、記憶に残っているのはロボットが初めて出てきた小説で、人間に反乱を起こすということぐらいで、際立った印象はなかった。

今回読んで、ロボットと言っても岩波の表紙のロボットのようなマシーンでなく、犬も食べないようなコロイド状のゼリーの痰(p18)から作った有機的な人造人間であったことに衝撃を受けた。調べるとコアセルベート説よりも早い。なんという想像力。

作品の背景にはロシア革命があり、搾取される労働者の代わりとしてのロボットだろう。

今の人間と違う生物化学的処方箋で拵えた存在。当初は感情がなく痛みも感じない、性はあるが生殖能力はない。それなりに個性があるようにみえ、ときどき感情の発生を思わせるようなバグが起き廃棄される。

そこへ人間ヘレンの要望で感情を付け加えると人間への憎悪・反抗心が生まれ革命が起きる。ロボットに囲まれた創造者の人間たちはリチャード・マシスンの吸血鬼もの「地球最後の人間」みたいなシーン。ロボット達は憎悪を得て革命を成就させるが、子孫を残す手立てが判らない。そこでただ一人残した人間に解決を迫り、ロボットの指導者は自ら解剖を申し出る。これは解剖学が元来「人間の魂の探すため」発達した経緯があるのだろう。結局、ひと組の男と女のロボットに愛が生まれアダムとイヴとなる。

ロボットを創ったら人類に子供が生まれなくなったという記述もある。これは労働しない人間に価値はないということか、また人類に代わるロボットがいれば人類は必要ないということか。この作品ではとっくに「シンギュラリティ」を突破している。また分子遺伝学者ステントの「進歩の終焉 来るべき黄金時代」を思い出した。

ロボットものはアシモフの鋼鉄都市やレムの宇宙創世期やゴーレムXIVディックの電気羊等々あるが、今回あらためてチャペックの洞察力を認識させられた。まだまだいろんなことが積み込まれている一冊だった。

 

ついでに・・最近は通勤の往復にクラフトワークの「ロボット」を含んだアルバムを聞き流している。結構心地良いリズム。

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