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2015年8月

2015年8月12日 (水)

『動きの悪魔』ステファン・グラビンスキ読了

ポーランドの1910年代の小説。14の短篇からなる。それぞれ完成されていて面白い。鉄道に関する恐怖小説集というべきか。あとがきによるとレムの推薦図書でもあるらしい。「東欧怪談集」に一作「シャモタ氏の恋人」が訳されているとのこと、読んだはずだけど覚えていない。手元にも文庫本がないので判らない。この本自体はあまり怖くない。エリアーデ的な異世界への憧れも感じる。ラブクラフト的とは余り思えないが、ポーの衣鉢を継ぐと言われてもしょうがない雰囲気はある。好きなエピソードは事故にあった美女の生首にキスをして噛み付かれるとこととか、猛スピードで飛ばして打ち上げ花火みたく破裂するところところとか文字通り常軌を逸して真面目に恐怖させてくれるんだけど何故か行き着く先は不思議な笑い。「汚れ男」は「北国の帝王」のリー・マービンとか思い出すな。車掌のボーグナインとの死闘。ここ数年で読んだ鉄道に関する小説はフラバルの「厳重に監視された列車」、ペレーヴィンの「寝台特急 黄色い矢」あとトカルチュクの「夜の家、昼の家」でも列車に乗って他の町に行く女の話が無かったか、バスだったか。コルタサルの短篇「キントベルクという名の町」は違ったか。何か鉄道や列車には郷愁とともに未知への旅立ちに対する憧れと恐れという相反するものが、積み込まれている感じがする。昨日の「スローターハウス5」のドレスデン行き列車もまるでアウシュビッツ行きの列車みたいだった。

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2015年8月11日 (火)

『スローターハウス5』ジョージ・ロイ・ヒル1972を観る

カート・ヴォネガット・ジュニアの『屠殺場5号』のハードカバーの表紙にはこの映画のビリー・ピリグリムが出ていた。確か『プレイヤー・ピアノ』の次に読んだような記憶がある。映画では「So it goes.」が全然、出てこないような気がした。Wiki(en)のフィルム版でもそんなことが出ていたから多分そういうことなのだろう。あと小説の読後感はウェットなのに対し映画ではドライのような感じが残る。トラルファマドール星人の哲学により近い。現在・過去・未来が一度に見渡すことができるということはそういうことだ。しかし映画には「愛」がある。一途な妻の、ポルノ女優の。子の。生死を越えた愛情の映画。それはトラルファマドール星人も花火を打ち上げて祝福する。人生とはそういうことだ。

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