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2014年4月

2014年4月28日 (月)

ボフミル・フラバル 『剃髪式』読了

とっても魅力的なマリシュカ。この本のテーマは確かに後書きにあるように「短縮」だろう。それは進歩への近道。しかしそれは冒頭のランプの美しい描写や犬の尾を短くすことで起きる悲劇、椅子の足を切ることから派生した愚かしさと対をなす。特に犬のくだりはフラバルらしい悲しさ。豚を丸ごと料理するのはとても楽しいのに。それでもマリシュカはスカートを短かくし、自慢の髪を惜しげもなく切り前に進む。品がないのに神々しい。おじのぺピンも道化のようだが楽しい。ビール工場の描写、煙突に登る冒険、子供のころの溺れた体験。そうだ、自分も溺れたことがある、水が光っていて向こうに笑ってこっちをみている従兄弟が見えた。フラバルの小説は無駄がない。すべて計算されている。それにしても夫のフランツインは幸せ者だ。羨ましい。

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2014年4月26日 (土)

本・本・本2

今読んでいる本 ボフミル・フラバル 『剃髪式』

積読本 メシャ・セリモヴィッチ『修道師と死』

      カマール・アブドゥッラ『魔術師の谷』

     ダリオ・トナーニ 『モンド9 (モンドノーヴェ)

     フランティシュク・クプカ『スキタイの騎士』

そのあと読みたい本

     ヴィクトル・ペレーヴィン『ジェネレーション<>』 

     『アンナ・カヴァン短篇集』

     シギスムンド・クルジジャノフスキイ 『文字殺しクラブ』

     ヤン・ポトツキ『サラゴサ手稿』完訳版

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2014年4月16日 (水)

オルガ・トカルチュク『逃亡派』を読む

トカルチュク「昼の家、夜の家」に次いで2冊目。ところで今、佐藤健寿『奇怪遺産2』を見ている最中だが、「クンストカメラ」が出てくる。この本と同じ胎児の写真やルイシュの簡単な説明が出てくる。一体どうなっているんだ、この偶然は!
「昼の家、夜の家」はブログ的だった。今回の本はよりネット的というか、ネットサーフィンしているような気になる。気になる用語や事柄があると本文にある「ウィキペディア」にちょっと深入りする。しかし彼女のいうようにウィキでは言葉に表せないものもある。それをなんとか表現しようとする試み。例えばクニツキの話と「カイロス」、彼の妻の神との一瞬の邂逅。クニツキは神の前髪を掴むことができたか。これはウィキには書けない。冒頭の大河の直線図はまるで神経線維のよう。こっちはいずれウィキに載るか、それとももうリンクされているのか。表題の逃亡派の布巻き女は諸星大二郎の「不安の立像」みたく思えたが、実際逃亡派というキリスト教の宗派があるという。本書を覆う解剖学の執拗さ、それは人間を断片にし魂を探す作業だともいう。対照的な「旅行心理学」の乾いた講義。ほとんどの旅行者と同じく、頭に入らない。ネットの大半の情報のように。この本は世界の表面を周るとともに、人の体をばらばらにする。恰も断片を並べれば、全体が判るかのように、しかしこの本のどこかにあったが宇宙の大半は暗黒物質からなっていて、そうはいかない。未踏の地はあるのだ。本の帯には斬新な「紀行文学」とある。そういえばハンガリーのエステルハージ『ハーン=ハーン伯爵夫人のまなざし―ドナウを下って』も良かったな。こっちは本格的だけど。

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2014年4月 8日 (火)

傑作SF映画選『モノリスの怪物―宇宙からの脅威』1957を観る

面白いSF映画。バラードの「結晶世界」やクラークの「2001年宇宙の旅」を想起させる。これは名作です。いわゆる侵略テーマのカテゴリーに入るのかな、ファースト・コンタクト(モンモリロナイト生命起源説やレムのフィアスコ)のようでもあり、10億年の旅をしてきた隕石の謎は尽きない。レムで言えば「闇と黴」の不気味さも感じる。

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安野モヨコ『監督不行届』を読む

正直、安野モヨコも庵野秀明もよく知らない。「まずは諸星大二郎全制覇!!」にだけ惹かれて読む。オタクか。いい夫婦。森繁じゃないが、「だけど、だけどこれだけは言える人生とはいいものだ、いいものだ♪」大人買い、自分もモハメド・アリのオタクというよりかファンで、ん10万もする写真集買った。直後10万円上乗せした金額で買い戻したいと本屋から連絡あったけど。アリシャッフルぐらいできないと駄目だからファン。このマンガ読んで風呂に入ったらNHKの池田秀一の「次郎物語」の主題歌が浮かんできた。「ひとりぼっちの次郎はのぼる。ゆらゆらゆらゆらかげろうの丘♪」読後が寂しい。マンガだけで終わってくれれば・・・

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