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2011年8月28日 (日)

『斎藤史歌集 記憶の茂み』和英対訳カーカップ・玉城周

今年読んだ本の中では一番素晴らしかった。短歌は日本の詩歌であるが、独特の言葉と文語が混ざり正直苦手だ。情けないことだが、対訳にすることで主語が判ったり文章の流れ、内容が理解できた。ジェイムズ・カーカップの本のはじめにある「斎藤史を翻訳する」という文章は、この本を読み終えたあともう一度読み返した。翻訳を志す人には是非読んでもらいたい。斎藤史は私のとっくに死んだ両親と殆ど同じ明治の末期生まれというのも年譜で知った。この本が出版された翌年に92歳で亡くなっている。斎藤史の歌は変わっている。欠落したもの、奪われたものに対する哀しみ、怨念、執着をあるときは底知れぬほど暗く、あるときは愛情こめて明るく、またあるときは皮肉を込めて歌う。失明した母を読むときの辛辣さ、これも両眼を欠落し、記憶を失くし、他界に行き着く寸前の母の介護の疲れ果てた気持ちを素直に吐露したものであると同時に自分に内在する他界の鬼を表現することで母と繋がっているようにも感じた。この本には彼女の歌五千の内七百首収められていると言う。どの歌も素晴らしく、英訳5行31音節の平易で高尚な訳も嬉しい。日本の短歌を電子辞書を開きながら英語、日本語、漢字を調べながら読むというのも楽しかった。最後に好きな一首を上げる。

革命を持たざる国に生まれ来て風雨ほどほどに有りて終わるか

Born in a country

where revolution does not

exsist, I shall end

my life having accepted

my fair share of wind and rain

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