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2011年4月

2011年4月27日 (水)

ボフミル・フラバル『わたしは英国王に給仕した』最終話

第5話で最終話「どうやって私は百万長者になったか」「満足してくれたかい?これで本当におしまいだよ。」言うのは恥かしいけど泣いた。最後の聖者のような終り。エチオピア皇帝の懸章と勲章に値する男が何を意味するのかは、知らない。彼の純真さの絶頂と転落の象徴かも知れないし、給仕として、人間として一つの到達点であったのかも知れない。最後は全ての罪を背負うように淡々としかし目標を持って生きていく。今頃気が付いたが4話の金槌で釘を打つ右腕の太い幼子はナチスに変わる共産主義をあらわしているんだろうな。また今回出てくるジプシーの家族も迫害され続けてきたんだろう。一杯の宝物が詰まった、本当に素晴らしい物語だった。また言うけどきれいな文章、上品な文章だ。満足を越えてしまった。

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2011年4月26日 (火)

ボフミル・フラバル『わたしは英国王に給仕した』4話目

第四話「頭はもはや見つからなかった」「満足してくれたかい?今日はこのあたりでおしまいだよ」どう言ったらいいんだろう。グロテスクさが漂う中の宝石のようなエピソード。ナチ的(息子がアメリカ人はナジと言うと教えてくれた)優生学に基づきワーグナーを聞きながらセックスし生まれた子はある意味ワーグナー的障害児。皮肉なんだろうな。このちびの給仕も愛がありたくましい。今までのように手放しで喜べないけど十分満足。だけど文章がきれいだ。阿部賢一さんの訳がいい。

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2011年4月25日 (月)

諸星大二郎氏激賞『るべどの奇石』一巻目室井まさねを読む

諸星大二郎氏激賞の帯に魅かれ読む。面白い。ルベドって錬金術師アルケミストの用語か赤、ルビーと関係あるのかしらん。夕張の今は亡き石炭博物館(失礼、開館してます)に大きいアンモナイトあった。鉱物じゃラピスラズリ青金石がきれいだな。この漫画じゃ馬鹿にでっかいのが出てくるが。内容は一話目はそれこそ諸星大二郎の「袋の中」だな。あとボブ・ショーの「スローグラス」みたいのも出てくるし。有機物と一体化する石って・・・。最後の諸星のイラスト似てない。文藝別冊の特別寄稿の吾妻ひでおの似顔絵より似てない。どっちかというと紙魚子だろ。楽しいけど。

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2011年4月23日 (土)

吾妻ひでお「うつうつひでお日記 その後」を読む

つまんなかった。自殺しそこなって、失踪したのも判るような。とういうか、わざわざ出版するような本か。

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2011年4月19日 (火)

ボフミル・フラバル『わたしは英国王に給仕した』3話目

3話目「わたしは英国王に給仕した」「満足してくれたかい?今日はこのあたりでおしまいだよ」満足したけど、だんだん悲劇の匂い。今回は出足から怖い。だけどハイレ・セラシエの料理は凄いな。あとチェコ人とドイツ人の軋轢はバスサクソフォンにもあったな。最後の愛の交歓も素晴らしいが何か今までと違って前途が不安。だけど読ませる作家だ。

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2011年4月16日 (土)

吾妻ひでお「うつうつひでお日記」を読む

「失踪日記」大ブレーク前の日記。あじま格闘技好きだったんだ。知らなかった。鬱病の病院の先生、自分が眠剤もらっている先生に似ている。いつも「どうですか?」と聞いてくるんで「特に」と答える。言ったところで治るわけでもないし、若い先生で頭よさそうなので通っている。あじまも腰痛か。ロキソニンばかり飲んでいる。あの不安がよぎる場面が何回も出てくるがリアリティあるな。本一杯読んでいるのは凄いし、また別に読みたくなるような感想を書かないのがいい。ほとんどの本の傾向が自分と趣味が合わなさそうでいい。ああビッグ・マイナーあじま、奥さんがいて羨ましい。あと自分が描きたいかファンサービスか知らないが、乙女のイラストが各頁あって、興味がない自分が読むぶんにはスピードが上がってよろし。でも何でオレはこの本を読んだんだろう。次は「うつうつひでお日記その後」を読む。

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2011年4月14日 (木)

ボフミル・フラバル『わたしは英国王に給仕した』2話目

知人が出世したので、お祝いをする。酒を飲む。帰りの電車で第二話「ホテル・チホタ」を読んだ。「満足してくれたかい?今日はこのあたりでおしまいだよ」超満足。将軍と詩人の女性作家を巡る喧嘩。その作家はヴァギナとインク壺を混同している。彼女のインクには誰彼かまわずペンを濡らすことができる、と。また将軍はある男性作家についていわく、この男が他人のヴァギナを扱うように自分の文章にも接すれば、この作家のためにも、チェコ文学のためにもいいことこのうえないはずだ、と。あまりにも知的で美しい文章で笑いをこらえるのが大変だった。いま吾妻ひでおの「うつうつひでお日記」と「うつうつひでお日記その後」文藝別冊の「ちばてつや」を同時を読んでいる。こんがらかってきた。眠い。

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2011年4月12日 (火)

ボフミル・フラバル『わたしは英国王に給仕した』読み始め

フラバルもチェコの作家。『あまりにも騒がしい孤独』に続いて邦訳2作品目を読む。始めの章「グレナディンのグラス」の終わりの言葉。「満足してくれたかい?今日はこのあたりでおしまいだよ」本当に大満足。売春宿「天国館」のエピソード最高だね。純真。まさに彼がせっせと磨くグレナディンのグラスみたいにぴかぴかだ。エリアーデも「ジプシー娘の館」書いてたな。あれも良かった。この作品このままいくんだろうか。『あまりにも騒がしい孤独』みたいだったら怖いな。                                     

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2011年4月 2日 (土)

ヨゼフ・シュクヴォレツキー『二つの伝説』

松籟社の「東欧の想像力」6冊目。いいいシリーズだ。知られてない名作ばっかり。ヨゼフ・シュクヴォレツキーはチェコの作家。3話からなるが中でも「バスサクソフォン」はいい、傑作だろう。もしかするとヴェルコールの深夜叢書「海の沈黙」よりいい。いままで「海の沈黙」は凄いと思っていたが、この作品と比べるとあざとく見える気がするほどだ。ローター・キンゼとエンターテインメント・オーケストラ。映画「フリークス」を思い出すが、活字はなお残酷だ。「エメケの伝説」こういう男女関係は正直最後の言葉じゃないが、わからない。しかしエメケは確かに魅力的、それだけでも読む価値がある。教師への復讐はなんの意味があるのだろう。ある意味自虐か。一番初めの「レッド・ミュージック」ジャズに対する作者の若い頃の思い。あまりジャズに興味のない自分にとって単に若者の反抗としてのジャズとしてかとれないのは、悲しい。私にとってジャズはクラシックに対するジャズであって、もうその頃にはアメリカ産の一つの権威に過ぎず興味がもてなかったのが本音だ。そこへビートルズがやってきた。ヤァ、ヤァ、ヤァ。だけど「バスサクソフォン」は本当に良い。松籟社の「東欧の想像力」にさらに期待。

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